2010'01.09.Sat
それは一種の恐怖だったのかもしれない。伸ばした腕が弾かれるという映像が、頭の中で繰り返し流れる。目の前のそれが映像で見たものと同じだったら、とその先が見たく無くて、腕を縮めて目を閉じていた。
責める様な鳶色の目が、じっと自分を眺める。決して言葉を発する事はない。ただその視線だけで、自分を責め立てるのだ。それが、まるであの映像の中と、同じで。
「何が、不満なんだよ?天使サマ」
不機嫌を返すしか、今の自分には出来なかった。
彼には特別な者がいる。それは自分ではないし、なれやしない。彼が腕を優しく掴むのは、俺ではないのだ。
ロイド、と小さく呟く様にその名を呼んだ。瞼の裏で赤い姿がちらちらと映る。爽やかに笑いかける表情が酷く印象に残っていた。彼の大切な者。ロイドがその人であるその事実に何だか泣きたくなって、顔を隠す様に小さく、小さく蹲る。
小さな溜め息が一つ、聞こえた。
その音源は見なくても分かる。きっと彼が呆れた様に吐いたのだろう。そう思うならこんな自分なんて捨て置けば良い。さっさと大切な者を助けに行けば良いのに。
その僅かな優しさが、俺にはとても痛いんだよ。
「……神子、お前が決めた事には私は何も言うまい」
静かに頭上から降ってくる台詞に、俯いたまま唇を噛んだ。顔は見られていない筈。だってこんな惨めな顔を見せる訳には行かない。
「なら、さっさと愛しのロイド君の所に行けば良いでしょーよ」
口だけでもいつもの軽口を紡ごうとするけれど、それは微かに震えてしまっていた。どうか何も気付かないでくれ、と切に願う。
不意に前の気配が動いた。彼が俺の心中に気付かずにこの場を去ってくれたのだろうか。
おずおずと様子を伺う様に頭を上げれば、目の前に紺色は見えない。ただ嫌な位真っ白な壁がそこにあるだけだ。
思わず深い溜め息を吐いた。それが安心から来るものか落胆から来るものか、自分でも分からなかった。
「やっぱり、ロイドが大事か……はっ、当たり前、だよなぁ」
馬鹿みてぇ、とそんな事を呟きながらふらりと立ち上がる。彼が消えた真っ白な扉を一瞥して、こうなったらもう戻れないと渋々身を翻した。
「何という顔をしているのだ」
瞬間、視界に映る紺色と聞き慣れた声。部屋から出て行った筈の彼が、目の前に居た。
「なん、で……」
思いがけない現状にそんな呟きが小さく零れる。彼はいつもの仏頂面に怒りを含んだ様な顔で俺を見ていた。
「お前があまりに本意を口にしないのでな」
「別に、俺は」
あまりに真っ直ぐなその視線に、思わず彼から視線を逸らして口を濁した。気を抜いたら身体が震えそうになる中で、どうにか誤魔化そうと必死に頭を捻る。
兎に角視線を戻さなければ、と無理矢理視線を戻す。すると不意に伸ばされた腕の存在が目に入って来て、思わず反射的にその腕を弾いてしまった。あの映像が、蘇る。
小さな部屋に響く重い音。後に続く沈黙が酷く耳に痛かった。
「……ぁ、」
「………助けを求める事は、決して悪い事では無いというのに」
憐れむ様な視線が突き刺さる。止めてくれ。俺をそんな風に、見ないでくれよ。どれだけ、俺を惨めにするつもりなのか。
「……ほっといてくれよ、お願いだから」
絞り出す様に呟いた台詞は涙混じりになっていて、そのあまりの無様さに笑いがこみ上げてくる始末。それを静かに見つめている彼に、耐えきれず部屋を飛び出した。
「……何やってんだろ、俺」
相変わらず無機質で酷く静かな廊下に立ち尽くしたまま、ぽつりと呟く。自分の手のひらを眺めながら、トラウマって怖ぇな、と苦笑した。
明日に、あの人は動くと言っていた。彼も、ロイドの為に動くのだろう。
その時俺は、きっと。
『傷が増える理由を聞けずに。』
選択制お題より。
配布元:Abandon
遅くなりましたが10万打リクエストのクラゼロです。書き始めから間が開いてしまったので雰囲気がちぐはぐになってしまいましたが、持っていきたい形には出来たと思います、多分。
リサ様、こんなもので宜しかったでしょうか。
リクエストありがとうございました!
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