2009'03.10.Tue
がしゃん、と音を立てて倒れた花瓶からは水が溢れ、そこに生けられていた筈の花達は無惨にも床に散らばっている。
それをそうさせた張本人は、痛みを訴える右手を反対の手で抑えながら、興奮からか頬を赤く染めて茫然としていた。
焦ったお付きの女性達が素早い動きで彼女の身体を気遣っていたが、その言葉が彼女の耳に届いている様子は無い。
ただ茫然と自分を眺める二つの目からじわじわと涙が溢れてくる。ついには声を上げて泣き出した幼子を前に、内心で溜め息を吐く事しか出来なかった。
「皇族の護衛……の任務ですか」
自分が訪れるのはとても稀な親衛隊の執務室。そこで目の前に突きつけられた書類にはそんな旨が書かれていた。それをまじまじと眺めて最初に思ったのは、何故自分が、という事だけだった。これがもし親衛隊の人間ならば当然の任務であっただろうし、貴族の者ならばさぞや名が売れると喜んだ事だろう(これは偏見かもしれないが)。しかし自分はつい最近小隊長の任を頂いたばかりの身、ましてや平民なのだ。自分を卑下するつもりは無いが、事実この世界は未だ平民に冷たい。
「貴殿くらいしか適任者が居ないのだよ」
自分の思うところが伝わっていたのだろう。上官は面倒くさそうに顔を顰めながらそう言って書類の一部分をとんとんと叩いた。そこに目を向けると書かれていたのはある人名。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
現皇帝の遠縁に当たるという少女の名だ。この名は自分でも知っている程、騎士団内では有名だった。
遠縁でありながら議会に次期候補として目を付けられているまだ5歳になるかという幼子。現皇帝が病に伏せっているのは騎士団議会共に周知の事実であった為、次期候補推挙に異論を言う者は居なかったが、何故こんな少女を、と疑問視する声が騎士団には多かった。噂では慣例を無視して別の候補を挙げようとしているとまで言われている。
つまりは騎士団からは腫れ物の様に避けられている人物なのだ。親衛隊も貴族の者もどう動けば良いか分からず、かといって皇族である以上護衛を付けない訳にもいかない為、困り果てて居たのだろう。
(厄介事は平民に、とでも思ったのだろうな、きっと)
平民で上位階級職の者はそう多くはない、ましてや自分は新参者。動かしやすかったというのが本音だろう。思わず零れてしまいそうになる溜め息をどうにか抑え込み、極力感情を出さない様に努めた。
「了解致しました、アレクセイ隊小隊長シュヴァーン・オルトレイン。エステリーゼ姫の護衛の任、全力で全う致します」
堅い挨拶と共に深々と礼をして執務室を後にした。去り際に汚い物を見る様な視線が突き刺さる。騎士団の平民差別にはいい加減辟易してくるが、これ位は我慢しなければ。折角のあの方の御厚意を無駄する訳にはいかない。
そう頭を切り換えて渡された書類を改めて読み直した。
「わたしはごえいなんていりませんっ」
部屋に入って挨拶を済ませた後の第一声は、そんな台詞だった。舌っ足らずな声でそう叫んで、目の前に伸ばした自分の手をぱしんと弾く。わかっていたけれど、これは面倒くさそうだ。そっぽを向いてしまった彼女をまじまじと眺めれば、それは確かに只の少女の顔でしかない。けれどそれだけでは済まないのが大人の世界だ。巻き込まれてしまっただけの彼女には申し訳ないが、こっちも任務なのだ。
「そういう訳には参りません、私は姫をお護りするよう言い遣っているのです」
そう言って彼女の視界に入り込めば怯えた様な目をして自分を見つめてくる。心なしかそれは潤んでいるようにさえ見える。泣きたいのはこっちなんだけど。そう心の中で呟いて、けれど極力優しい顔をして再び彼女の前に手を差し出す。
また弾き返されれば、本意ではないけれど無理にでも護衛してしまおう。そう考えていれば、案の定、今度はより強い力でばしんと弾かれてしまう。しかもその衝撃でテーブルに置かれていた花瓶が音を立てて倒れる。遂には泣き出してしまった少女を冷めた思考で眺めていれば、彼女は涙混じりの弱々しい声で呟いた。
「きしさまはみんなうそつきです」
誰も外の世界を見せてくれない、とそう言う少女の姿は痛々しいもので、それまでの冷めた思考はどこに行ったのか、その時沸々と浮かんできたのは怒りだった。こんな少女がこんな理由で泣かなければならない帝国に対しての、純粋な怒りだった。やはりあの方の言う様に、この国は変えていかなければならない。少なくとも、この少女の姿は正しいとは思えなかった。
そう思うのと体を動かしたのはほぼ同時だった。それまで畏まった姿勢のままだったのに、まるで地元の子供を宥める時のように膝立ちで視線を合わせる。自然と浮かんだ表情のまま彼女に語り掛けた。
「俺が貴女に、外の世界を教えてあげますから」
そう言えば彼女はきょとんと大きな目を更に大きくさせて、一瞬動かなくなる。流石に馴れ馴れし過ぎたか、と不安になるが、少しして小さな笑い声が聞こえてきた。その年相応の声に安堵していれば、小さな手が自分に向かって伸びてくる。きゅっと弱い力で握られる自分の手のひら。少し高めの体温が暖かく感じて心地良かった。
「たくさんおしえてくれますか」
「勿論です、姫」
「では、よろしくおねがいします、シュヴァーン」
にっこり笑う彼女の顔はその辺に居る少女達と何ら変わらない、普通の少女のものだった。
選択制お題より。
配布元:Abandon
護衛ネタでシュヴァとエステルの出会い。
攻略本片手に調べつつ書きました。護衛させる為に無理矢理理由つけた感じですが(苦笑
シュヴァがアレクセイ隊所属なのは他に当てはまるような隊が無かったからだったりします。なんとか隊小隊長ってどうしても言わせたかった。
それをそうさせた張本人は、痛みを訴える右手を反対の手で抑えながら、興奮からか頬を赤く染めて茫然としていた。
焦ったお付きの女性達が素早い動きで彼女の身体を気遣っていたが、その言葉が彼女の耳に届いている様子は無い。
ただ茫然と自分を眺める二つの目からじわじわと涙が溢れてくる。ついには声を上げて泣き出した幼子を前に、内心で溜め息を吐く事しか出来なかった。
「皇族の護衛……の任務ですか」
自分が訪れるのはとても稀な親衛隊の執務室。そこで目の前に突きつけられた書類にはそんな旨が書かれていた。それをまじまじと眺めて最初に思ったのは、何故自分が、という事だけだった。これがもし親衛隊の人間ならば当然の任務であっただろうし、貴族の者ならばさぞや名が売れると喜んだ事だろう(これは偏見かもしれないが)。しかし自分はつい最近小隊長の任を頂いたばかりの身、ましてや平民なのだ。自分を卑下するつもりは無いが、事実この世界は未だ平民に冷たい。
「貴殿くらいしか適任者が居ないのだよ」
自分の思うところが伝わっていたのだろう。上官は面倒くさそうに顔を顰めながらそう言って書類の一部分をとんとんと叩いた。そこに目を向けると書かれていたのはある人名。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン。
現皇帝の遠縁に当たるという少女の名だ。この名は自分でも知っている程、騎士団内では有名だった。
遠縁でありながら議会に次期候補として目を付けられているまだ5歳になるかという幼子。現皇帝が病に伏せっているのは騎士団議会共に周知の事実であった為、次期候補推挙に異論を言う者は居なかったが、何故こんな少女を、と疑問視する声が騎士団には多かった。噂では慣例を無視して別の候補を挙げようとしているとまで言われている。
つまりは騎士団からは腫れ物の様に避けられている人物なのだ。親衛隊も貴族の者もどう動けば良いか分からず、かといって皇族である以上護衛を付けない訳にもいかない為、困り果てて居たのだろう。
(厄介事は平民に、とでも思ったのだろうな、きっと)
平民で上位階級職の者はそう多くはない、ましてや自分は新参者。動かしやすかったというのが本音だろう。思わず零れてしまいそうになる溜め息をどうにか抑え込み、極力感情を出さない様に努めた。
「了解致しました、アレクセイ隊小隊長シュヴァーン・オルトレイン。エステリーゼ姫の護衛の任、全力で全う致します」
堅い挨拶と共に深々と礼をして執務室を後にした。去り際に汚い物を見る様な視線が突き刺さる。騎士団の平民差別にはいい加減辟易してくるが、これ位は我慢しなければ。折角のあの方の御厚意を無駄する訳にはいかない。
そう頭を切り換えて渡された書類を改めて読み直した。
「わたしはごえいなんていりませんっ」
部屋に入って挨拶を済ませた後の第一声は、そんな台詞だった。舌っ足らずな声でそう叫んで、目の前に伸ばした自分の手をぱしんと弾く。わかっていたけれど、これは面倒くさそうだ。そっぽを向いてしまった彼女をまじまじと眺めれば、それは確かに只の少女の顔でしかない。けれどそれだけでは済まないのが大人の世界だ。巻き込まれてしまっただけの彼女には申し訳ないが、こっちも任務なのだ。
「そういう訳には参りません、私は姫をお護りするよう言い遣っているのです」
そう言って彼女の視界に入り込めば怯えた様な目をして自分を見つめてくる。心なしかそれは潤んでいるようにさえ見える。泣きたいのはこっちなんだけど。そう心の中で呟いて、けれど極力優しい顔をして再び彼女の前に手を差し出す。
また弾き返されれば、本意ではないけれど無理にでも護衛してしまおう。そう考えていれば、案の定、今度はより強い力でばしんと弾かれてしまう。しかもその衝撃でテーブルに置かれていた花瓶が音を立てて倒れる。遂には泣き出してしまった少女を冷めた思考で眺めていれば、彼女は涙混じりの弱々しい声で呟いた。
「きしさまはみんなうそつきです」
誰も外の世界を見せてくれない、とそう言う少女の姿は痛々しいもので、それまでの冷めた思考はどこに行ったのか、その時沸々と浮かんできたのは怒りだった。こんな少女がこんな理由で泣かなければならない帝国に対しての、純粋な怒りだった。やはりあの方の言う様に、この国は変えていかなければならない。少なくとも、この少女の姿は正しいとは思えなかった。
そう思うのと体を動かしたのはほぼ同時だった。それまで畏まった姿勢のままだったのに、まるで地元の子供を宥める時のように膝立ちで視線を合わせる。自然と浮かんだ表情のまま彼女に語り掛けた。
「俺が貴女に、外の世界を教えてあげますから」
そう言えば彼女はきょとんと大きな目を更に大きくさせて、一瞬動かなくなる。流石に馴れ馴れし過ぎたか、と不安になるが、少しして小さな笑い声が聞こえてきた。その年相応の声に安堵していれば、小さな手が自分に向かって伸びてくる。きゅっと弱い力で握られる自分の手のひら。少し高めの体温が暖かく感じて心地良かった。
「たくさんおしえてくれますか」
「勿論です、姫」
「では、よろしくおねがいします、シュヴァーン」
にっこり笑う彼女の顔はその辺に居る少女達と何ら変わらない、普通の少女のものだった。
選択制お題より。
配布元:Abandon
護衛ネタでシュヴァとエステルの出会い。
攻略本片手に調べつつ書きました。護衛させる為に無理矢理理由つけた感じですが(苦笑
シュヴァがアレクセイ隊所属なのは他に当てはまるような隊が無かったからだったりします。なんとか隊小隊長ってどうしても言わせたかった。
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