2009'03.13.Fri
会話文多め。
それは一時の休息。
疲れた身体を癒やす為、一行は宿の部屋でそれぞれ好きな様に休んでいた。
久しぶりの柔らかいベッドに横になってぐっすり昼寝をしていたり、黙々と分厚い本を読んでいたり。
柔らかい日差しが差し込む窓際でお茶を楽しんでいたり、はたまた休みの筈なのに中庭で剣の鍛錬をしていたり。
昼間から備え付けの小さなバスタブにお湯を張り身体を癒していたり、宿の扉の前で他の者の為に静かに警戒を怠らなかったり。
そんな一時の休息。
明日からはまた旅の中だからこそ、やりたい事を好きな様に行っていた。何気なく流れていく時間。ゆっくり出来るのも少しだけ。
そんな、それぞれの時間の中に入り込んできた甘く香ばしい匂い。それはすぐに小さな宿に行き渡った。
それは眠りの淵から意識を呼び戻し、文字を追っていた視線を一瞬さ迷わせ。
それは口に添えていたカップを下ろさせ、汗だくになっていた額を拭わせ。
それは濡れて湿った髪を乾かさせ、地面に付いていた鼻を上げさせた。
かちゃりと食器の擦れる音の後、ゆっくりとした足音と共に現れた桃色の髪。ふわりと揺れるその中にある二つの目は興味津々と輝いていた。
「レイヴン、何作ってるんです」
「あら嬢ちゃん、覗き見かしら」
「そんなんじゃ無いです、甘い匂いがしたから気になって」
「これよ、一個食べてみるかい」
「あ、クッキー……、ぜひ頂きます」
手渡された小さなそれを口に運ぶ。さくり、と音を立てた。そのまま黙々と咀嚼して、手からそれが消えていく。
「……どうかな」
「美味しいです、やっぱりレイヴンはお菓子作りが上手ですね」
「そう、照れるわね」
「でもどうしてクッキー作りなんて」
「んー……何となくかね、クレープは飽きたし、これならみんな好きでしょ」
「確かに私クッキー好きです、あ、これもっともらって良いです、お茶菓子にしたくて」
「もちろん、こっから奥のは熱くないから、好きなの持っていって良いわよ」
「ありがとうございます、レイヴン」
「ねー……この匂い、あ、やっぱりクッキーだっ、エステルが作ったの」
がちゃりと音を立てて開けられた扉から入ってきたのは、寝癖が付いたままの髪に寝ぼけ眼の幼き首領。鼻をくんくんさせながらテーブルの上にあったクッキーを見るや目を輝かせて駆け寄る。
「違いますよ、レイヴンです」
「おやー少年も匂いにつられてきちゃったの」
「あ、ほんとだ、部屋にいないと思ったらこっちにいたんだね」
「ちょっと待ってね、まだ少年の分は焼けてないのよ」
「え、良いの」
「べーつにー…食べたくないならあげないわよ」
「食べたい、食べたいから僕の分も焼いてよ」
「カロル、良かったらこっちのどうです、あとお茶も」
「え、やったーありがとうエステル」
「どう致しまして」
「なんか楽しそうだな」
黒い髪を翻しながら身軽な格好をした甘い物好きが、にこにこと顔を緩ませながら食堂に入ってくる。和やかにお茶をしている二人を眺めてから台所に向かった。
「やっぱりおっさんだったか」
「青年やっと来たのねぇ、甘党のおたくならもっと早く来るかと思ったんだけど」
「一汗かいてきたからな、これでも早く来たつもりだぜ」
「……ほんと若い子は元気ね、はい、これ少年の分、持っていってあげて」
「……俺の分はねぇのかよ」
「あるから拗ねないでよ、はいこれ青年の、特に甘めにしておいたわ」
「分かってるな、おっさん、サンキュ」
「はいはい、ほら邪魔だからあっち行っててよ」
「……追い出されちまった、ほらカロル、お前の分だとよ」
「ありがと、ユーリ」
「ユーリ、そっちの大盛のは……」
「ああ、俺のだってさ」
「愛されてますね」
「まあな」
「あら、随分と楽しそうね」
それから少し後に入ってきたのは、珍しく下ろされた青い髪。お似合いの浴衣を纏って微笑んでいる。
「お、ジュディ、なんか珍しいな」
「お風呂入ってたんです」
「えぇ、気持ち良かったわよ、明るい内のお風呂も」
そう笑いながら沢山のクッキーが置かれたテーブルの椅子に腰掛ける。タイミングを見計らったかの様に奥から登場する新たなクッキーと、その作者。
「あらージュディスちゃん、そうしてるとまたイメージ違うわね、かわいいわよ」
「あらおじさま、ありがとう、でもクッキー作ってるおじさまの方がかわいいわ」
「確かにな」
「そうですね」
「……それは流石に嬉しくないわ」
「でもなんか似合ってるよね、レイヴン」
「そうですね、パティシエみたいです」
「パティ…なんだそれ」
「お菓子専門の料理人だよね、確かそういう人達のギルドもあった気がするよ」
「あら、美味しいわね、このクッキー」
「……マイペースだな、ジュディ」
とす、と狭くなったテーブルの隙間に置かれた一枚の皿。上には例の如くクッキーが置かれている。
「さ、これで最後よ」
「これ、レイヴンの分です」
「違うわよ、これはリタっちの、おっさんは少しつまんだし、もう十分」
「ま、おっさん甘いの苦手だもんな」
「そう言えば、リタ来ないね」
「そうですね、気付いてないんでしょうか」
「あの子の事だもの、気付いていても来ないんじゃないかしら」
「そんな事で本を読む手が止められるわけ無いじゃない、とか言ってそうだよね」
「ま、俺様も予想してたし、後で残り部屋に持って行くから食べたいなら食べちゃって良いわよ」
「え、やった…」
「ちょっと勝手なこと言ってんじゃないわよ」
バン、と勢い良く扉が開いたかと思えばずかずかとテーブルに近付いて来たのは先程まで話の中心になっていた人物。不機嫌に顔を顰めながら唯一空いていた椅子に腰掛ける。目の前にはまだ焼き上がって間もないクッキー。それに手を伸ばして、口にする。
「……悪くないんじゃない」
「ま、リタっちならそう言うと思ったわよ」
「リタらしいわね」
「十分美味しいと思うんですけど……」
「エステル…そうじゃないから」
「満更じゃないんだろ」
「う、うるさいわね、あんなに匂いがプンプンしてるから、本に集中出来なかったのよ」
「それは理由になってないって……あだっ」
「いちいち、うるさいのよ」
日も落ちて肌寒くなった頃、扉がゆっくり開いて部屋の光が外に漏れる。そこに映る影が近付いてきて目の前で止まった。漸く伏せていた視線を上げる。
「今日もありがとね、わんこ」
「……ワフ」
「はいこれ、残り物でごめんねぇ」
「ワンッ」
「ふふ、これからも宜しく頼むわよ、わんこ」
一時の休息は終わりを告げて、また慌ただしい日々が始まる。だからこそ。
(たまには、こんな日も良いわよね)
選択制お題より。
配布元:Abandon
ホワイトデーということで、ほのぼのでユリレイ風味でラピレイ落ちという。
ほのぼの感を出したくて会話文を多くしたから無駄に長い(苦笑
誰が誰だかは推測でお願いします。
それは一時の休息。
疲れた身体を癒やす為、一行は宿の部屋でそれぞれ好きな様に休んでいた。
久しぶりの柔らかいベッドに横になってぐっすり昼寝をしていたり、黙々と分厚い本を読んでいたり。
柔らかい日差しが差し込む窓際でお茶を楽しんでいたり、はたまた休みの筈なのに中庭で剣の鍛錬をしていたり。
昼間から備え付けの小さなバスタブにお湯を張り身体を癒していたり、宿の扉の前で他の者の為に静かに警戒を怠らなかったり。
そんな一時の休息。
明日からはまた旅の中だからこそ、やりたい事を好きな様に行っていた。何気なく流れていく時間。ゆっくり出来るのも少しだけ。
そんな、それぞれの時間の中に入り込んできた甘く香ばしい匂い。それはすぐに小さな宿に行き渡った。
それは眠りの淵から意識を呼び戻し、文字を追っていた視線を一瞬さ迷わせ。
それは口に添えていたカップを下ろさせ、汗だくになっていた額を拭わせ。
それは濡れて湿った髪を乾かさせ、地面に付いていた鼻を上げさせた。
かちゃりと食器の擦れる音の後、ゆっくりとした足音と共に現れた桃色の髪。ふわりと揺れるその中にある二つの目は興味津々と輝いていた。
「レイヴン、何作ってるんです」
「あら嬢ちゃん、覗き見かしら」
「そんなんじゃ無いです、甘い匂いがしたから気になって」
「これよ、一個食べてみるかい」
「あ、クッキー……、ぜひ頂きます」
手渡された小さなそれを口に運ぶ。さくり、と音を立てた。そのまま黙々と咀嚼して、手からそれが消えていく。
「……どうかな」
「美味しいです、やっぱりレイヴンはお菓子作りが上手ですね」
「そう、照れるわね」
「でもどうしてクッキー作りなんて」
「んー……何となくかね、クレープは飽きたし、これならみんな好きでしょ」
「確かに私クッキー好きです、あ、これもっともらって良いです、お茶菓子にしたくて」
「もちろん、こっから奥のは熱くないから、好きなの持っていって良いわよ」
「ありがとうございます、レイヴン」
「ねー……この匂い、あ、やっぱりクッキーだっ、エステルが作ったの」
がちゃりと音を立てて開けられた扉から入ってきたのは、寝癖が付いたままの髪に寝ぼけ眼の幼き首領。鼻をくんくんさせながらテーブルの上にあったクッキーを見るや目を輝かせて駆け寄る。
「違いますよ、レイヴンです」
「おやー少年も匂いにつられてきちゃったの」
「あ、ほんとだ、部屋にいないと思ったらこっちにいたんだね」
「ちょっと待ってね、まだ少年の分は焼けてないのよ」
「え、良いの」
「べーつにー…食べたくないならあげないわよ」
「食べたい、食べたいから僕の分も焼いてよ」
「カロル、良かったらこっちのどうです、あとお茶も」
「え、やったーありがとうエステル」
「どう致しまして」
「なんか楽しそうだな」
黒い髪を翻しながら身軽な格好をした甘い物好きが、にこにこと顔を緩ませながら食堂に入ってくる。和やかにお茶をしている二人を眺めてから台所に向かった。
「やっぱりおっさんだったか」
「青年やっと来たのねぇ、甘党のおたくならもっと早く来るかと思ったんだけど」
「一汗かいてきたからな、これでも早く来たつもりだぜ」
「……ほんと若い子は元気ね、はい、これ少年の分、持っていってあげて」
「……俺の分はねぇのかよ」
「あるから拗ねないでよ、はいこれ青年の、特に甘めにしておいたわ」
「分かってるな、おっさん、サンキュ」
「はいはい、ほら邪魔だからあっち行っててよ」
「……追い出されちまった、ほらカロル、お前の分だとよ」
「ありがと、ユーリ」
「ユーリ、そっちの大盛のは……」
「ああ、俺のだってさ」
「愛されてますね」
「まあな」
「あら、随分と楽しそうね」
それから少し後に入ってきたのは、珍しく下ろされた青い髪。お似合いの浴衣を纏って微笑んでいる。
「お、ジュディ、なんか珍しいな」
「お風呂入ってたんです」
「えぇ、気持ち良かったわよ、明るい内のお風呂も」
そう笑いながら沢山のクッキーが置かれたテーブルの椅子に腰掛ける。タイミングを見計らったかの様に奥から登場する新たなクッキーと、その作者。
「あらージュディスちゃん、そうしてるとまたイメージ違うわね、かわいいわよ」
「あらおじさま、ありがとう、でもクッキー作ってるおじさまの方がかわいいわ」
「確かにな」
「そうですね」
「……それは流石に嬉しくないわ」
「でもなんか似合ってるよね、レイヴン」
「そうですね、パティシエみたいです」
「パティ…なんだそれ」
「お菓子専門の料理人だよね、確かそういう人達のギルドもあった気がするよ」
「あら、美味しいわね、このクッキー」
「……マイペースだな、ジュディ」
とす、と狭くなったテーブルの隙間に置かれた一枚の皿。上には例の如くクッキーが置かれている。
「さ、これで最後よ」
「これ、レイヴンの分です」
「違うわよ、これはリタっちの、おっさんは少しつまんだし、もう十分」
「ま、おっさん甘いの苦手だもんな」
「そう言えば、リタ来ないね」
「そうですね、気付いてないんでしょうか」
「あの子の事だもの、気付いていても来ないんじゃないかしら」
「そんな事で本を読む手が止められるわけ無いじゃない、とか言ってそうだよね」
「ま、俺様も予想してたし、後で残り部屋に持って行くから食べたいなら食べちゃって良いわよ」
「え、やった…」
「ちょっと勝手なこと言ってんじゃないわよ」
バン、と勢い良く扉が開いたかと思えばずかずかとテーブルに近付いて来たのは先程まで話の中心になっていた人物。不機嫌に顔を顰めながら唯一空いていた椅子に腰掛ける。目の前にはまだ焼き上がって間もないクッキー。それに手を伸ばして、口にする。
「……悪くないんじゃない」
「ま、リタっちならそう言うと思ったわよ」
「リタらしいわね」
「十分美味しいと思うんですけど……」
「エステル…そうじゃないから」
「満更じゃないんだろ」
「う、うるさいわね、あんなに匂いがプンプンしてるから、本に集中出来なかったのよ」
「それは理由になってないって……あだっ」
「いちいち、うるさいのよ」
日も落ちて肌寒くなった頃、扉がゆっくり開いて部屋の光が外に漏れる。そこに映る影が近付いてきて目の前で止まった。漸く伏せていた視線を上げる。
「今日もありがとね、わんこ」
「……ワフ」
「はいこれ、残り物でごめんねぇ」
「ワンッ」
「ふふ、これからも宜しく頼むわよ、わんこ」
一時の休息は終わりを告げて、また慌ただしい日々が始まる。だからこそ。
(たまには、こんな日も良いわよね)
選択制お題より。
配布元:Abandon
ホワイトデーということで、ほのぼのでユリレイ風味でラピレイ落ちという。
ほのぼの感を出したくて会話文を多くしたから無駄に長い(苦笑
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