2010'09.10.Fri
机、棚、ベッド。ただそれだけ。
片付いた質素な部屋はその性格からは考えられないほど、酷く寂しい部屋だった。
「なんか、思ってたのと違うな」
「ま、実際寝るだけの部屋だったみたいだしね」
横で苦笑した男は、まるで他人ごとの様にそう呟く。この部屋の主は、この男である筈なのに。
この男は、酷く過去を、嫌うのだ。
それ程の嫌悪を持った理由を俺は知らない。戦争というものがどれ程酷いものなのか、只の餓鬼であった俺には知る由も無かったのだ。
「本当に仕事が全てでそれ以外は何も無かったのよ、奴は」
何一つ、本当に何一つ乗っていないその机を軽く叩きながら、まるでそれを呆れるかの様な表情を浮かべていた。
「それであんたは、良かったのか」
「良いのよ、だって俺様は死んじゃってたんだもの」
本格的に騎士団からユニオンへと住まいを移す為、部屋の引っ越しと称した片付けを行う事になった。元々碌な物を置いては居なかったけれど、あの人の死後、それに関連する書類等を回収されて、あの部屋には本当に何も残らなかった。
青年は複雑な顔をしていたけれど、それを笑い飛ばせる程、自分には分かり切っている事なのだ。
正にあれは幽霊の様だった、と我ながら思う。元か存在しない者は、結局跡形も無く消えてしまうのだろうか。
そう考えて、今の自分を顧みる。一体今の自分は、何者なのだろう。
自分も無様な只の亡霊に過ぎないのでは無いだろうか。
騎士団での部屋に比べ、まだ生活感があるこの部屋も、つい最近ユニオンと凛々の明星のメンバーからあてがわれたものだ。
こうやって腰を落ち着ける事が出来るなんて、一度死んだあの時以来、思っても見なかった。しかも、今の自分で、だ。
最初は実感が湧かなかったけれど、徐々に増えてくる雑貨類に、じわじわとそれは込み上げてくる。昔とはまた違う幸せを、実感した。
「でも本当に、それで良いのかね……、俺は」
幸せを感じれば感じるほど、背徳感もより増していく。所詮は虚像のこの身が、こんな幸福を味わっていいのか、と思わずには居られなかった。
「何がだよ、おっさん」
ぼそりと呟いた独り言に、唐突にぶっきらぼうな返事が返ってくる。部屋に向けていた視線をゆるゆると扉に向ければ、その先には笑う青年の顔があった。その目は決して笑っていなかったのだけれども。
「あら青年、早かったじゃない」
それに気付かない振りをして、何食わぬ顔で彼にへらりと笑いかける。無意識にやってしまうこの行為は、生来持ち合わせていた物だ。しかし彼はそういう事には敏感な様で、不機嫌な彼を更に不機嫌にしてしまったのは明白だった。
「街の奴らが手伝ってくれたんだよ」
「そりゃあ青年達、もう有名人だもの」
俺の引っ越しと同時に彼等のギルドの本部立ち上げも行っていた。本当は彼等が俺の引っ越しにばかり気を使っていた為に、そんな事よりも、と本部の立ち上げを強く推したからなのだけれど。結局はダングレストの端にあった古びた小屋を超格安で譲って貰ったらしい。
兎に角、ほっとけない病の集まりの彼等はそれ程に俺の事を気に掛けていた。それはとても嬉しい事には違い無かったのだけど。
「で、何が嫌なんだよ、おっさん」
その優しさが、少し辛かった。
「……、直球過ぎやしないかい、青年」
引きつる頬を無理矢理抑えながら、無様な笑みを浮かべれば、より冷えた瞳が無言で突き刺さってくる。その無言っていうのが余計に痛いのよ、なんて内心で軽口を叩いて見るけれど、冷や汗が背筋を流れるのは止められなかった。
「直球じゃねえとあんたは絶対誤魔化すだろ」
「やーだ青年、………分かってらっしゃる」
観念した様に背後のベッドに腰を下ろす。変にケチった安物のベッドはぎしりと音を立てて、軋んだ。
低くなった視線にそのまま彼を見上げれば、仁王立ちのまま微動だにせずに見下ろされる。見下ろされるのは、いつもと変わらないのだけれど。
「別に嫌な訳じゃないのよ?ただ何か身に余る、というか……」
「こんな安っぽい部屋のどこが身に余るんだよ」
言葉を濁しながらそう言えば、呆れた様に、しかしからかう様に嫌味が返ってくる。それはいつもの彼に違い無くて、その様に小さく苦笑しながら言葉を返した。
「……この部屋くれたの青年達でしょうよ。つーかそんな意味な訳無いでしょ、ただ俺様は」
「死人にこんな物必要無いってか」
静かに、しかし鋭く言い放たれたその台詞に、反射的にびくりと肩が震えてしまう。余りに直球なそれに、言葉が、出ない。
「……なぁ、いい加減その卑屈根性どうにかしろよ、おっさん」
「卑屈って……」
「そのままだろ、いつまでも自分を死人死人って言いやがって」
酷く怒りに滲んだ瞳が、ぎらぎらと見下ろしてくる。その迫力に息を飲むけれど、それ自体が俺を気に掛けての事だと分かっているからこそ、逃げる事は出来なかった。
ぎしり、とまたベッドが軋む。
いつの間にか縮んだ距離は、もう俺と青年を目と鼻の先にしていて、重く落とされた青年の拳が俺の横にあった。
「……何があんたをそうさせるんだよ」
俯いた先の表情は、その長い髪に隠されて覗く事は出来ない。けれど悲痛に零れたその呟きが、彼がどんな表情をしているのかを如実に示していた。
「青年、……ごめん」
「おっさん……」
「本当に、ごめんね」
その言葉が、その優しさを裏切る事になろうとも、俺は。
だって、あれはきっと、有害だから。
『その唇を閉ざさなければ、有害なモノを沢山撒き散らすから。』
結構長めの10のお題2より。
配布元:Abandon(http://haruka.saiin.net/~title/0/)
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